Aionian Verses
然れど我汝等に告ぐ、総て其兄弟を怒る人は裁判せらるべし、其兄弟を愚者よと云ふ人は衆議所の處分を受けん、狂妄者よと云ふ人は地獄の火に當るべし。 (Geenna )
しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって『能なし。』と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、『ばか者。』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。 (Geenna )
若汝の右の目汝を躓かさば之を抉りて棄てよ、其は汝に取りて、五體の一の亡ぶるは、全身を地獄に投入れらるるに優ればなり。 (Geenna )
もし、右の目が、あなたをつまずかせるなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに投げ込まれるよりは、よいからです。 (Geenna )
若汝の右の手汝を躓かさば之を切りて棄てよ、其は汝に取りて、五體の一の亡ぶるは、全身の地獄に行くに優ればなり。 (Geenna )
もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切って、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに落ちるよりは、よいからです。 (Geenna )
又身を殺して魂を殺し得ざる者を怖るること勿れ、寧魂と身とを地獄に亡ぼし得る者を怖れよ。 (Geenna )
からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。 (Geenna )
カファルナウムよ、汝も何ぞ天にまで上げられんや、當に地獄にまでも陥るべし。蓋汝の中に行はれし奇蹟、若ソドマに行はれしならば、彼は必ず今日まで猶遺りしならん。 (Hadēs )
カペナウム。どうしておまえが天に上げられることがありえよう。ハデスに落とされるのだ。おまえの中でなされた力あるわざが、もしもソドムでなされたのだったら、ソドムはきょうまで残っていたことだろう。 (Hadēs )
又総て人の子に對して[冒涜の]言を吐く人は赦されん、然れど聖霊に對して之を吐く人は、此世、後世共に赦されざるべし。 (aiōn )
また、人の子に逆らうことばを口にする者でも、赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、だれであっても、この世であろうと次に来る世であろうと、赦されません。 (aiōn )
茨の中に播かれたるは、言を聞けども、此世の慮と財の惑と其言を塞ぎて、實らずなれるものなり。 (aiōn )
また、いばらの中に蒔かれるとは、みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。 (aiōn )
之を撒きし敵は惡魔なり、収穫は世の終なり、刈る者は[天]使等なり、 (aiōn )
毒麦を蒔いた敵は悪魔であり、収穫とはこの世の終わりのことです。そして、刈り手とは御使いたちのことです。 (aiōn )
然れば毒麦の集められて火に焚かるる如く、此世の終にも亦然らん。 (aiōn )
ですから、毒麦が集められて火で焼かれるように、この世の終わりにもそのようになります。 (aiōn )
世の終に於て斯の如くなるべし、即[天]使等出でて、義人の中より惡人を分ち、 (aiōn )
この世の終わりにもそのようになります。御使いたちが来て、正しい者の中から悪い者をえり分け、 (aiōn )
我も亦汝に告ぐ、汝は磐なり、我此磐の上に我教會を建てん、斯て地獄の門是に勝たざるべし。 (Hadēs )
ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。 (Hadēs )
然れば若汝の手或は足汝を躓かすならば、之を切りて棄てよ、隻手或は隻足にて生命に入るは、兩手或は兩足ありて永遠の火に投入れらるるより、汝に取りて勝れり。 (aiōnios )
もし、あなたの手か足の一つがあなたをつまずかせるなら、それを切って捨てなさい。片手片足でいのちにはいるほうが、両手両足そろっていて永遠の火に投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。 (aiōnios )
又若汝の眼汝を躓かすならば、之を抉りて棄てよ、隻眼にて生命に入るは、兩眼ありて地獄の火に投入れらるるより、汝に取りて勝れり。 (Geenna )
また、もし、あなたの一方の目が、あなたをつまずかせるなら、それをえぐり出して捨てなさい。片目でいのちにはいるほうが、両目そろっていて燃えるゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。 (Geenna )
折しも一人[の青年]イエズスに近づきて云ひけるは、善き師よ、我永遠の生命を得んには、如何なる善き事をか為すべき。 (aiōnios )
すると、ひとりの人がイエスのもとに来て言った。「先生。永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをしたらよいのでしょうか。」 (aiōnios )
又総て我名の為に、或は家、或は兄弟、或は姉妹、或は父、或は母、或は妻、或は子等、或は田畑を離るる人は百倍を受け、且永遠の生命を得べし。 (aiōnios )
また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。 (aiōnios )
路傍に一本の無花果樹を見て其の下に至り給ひしに、葉の外に何物をも見ざりしかば、是に向ひて、汝何時までも果らざれ、と曰ひしに、無花果樹忽ち枯れたり。 (aiōn )
道ばたにいちじくの木が見えたので、近づいて行かれたが、葉のほかは何もないのに気づかれた。それで、イエスはその木に「おまえの実は、もういつまでも、ならないように。」と言われた。すると、たちまちいちじくの木は枯れた。 (aiōn )
禍なる哉汝等、僞善なる律法學士ファリザイ人等よ、其は一人の信者を作らんとて海陸を歴巡り、既に作れば、之を己に倍せる地獄の子と為せばなり。 (Geenna )
わざわいが来ますぞ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。改宗者をひとりつくるのに、海と陸とを飛び回り、改宗者ができると、その人を自分より倍も悪いゲヘナの子にするからです。 (Geenna )
蛇等よ、蝮の裔よ、汝等爭でか地獄の宣告を遁れん。 (Geenna )
おまえたち蛇ども、まむしのすえども。おまえたちは、ゲヘナの刑罰をどうしてのがれることができよう。 (Geenna )
斯て橄欖山に坐し給へるに、弟子等竊に近づきて云ひけるは、此事等のあらんは何時なるぞ、又汝の再臨と世の終との兆は何なるぞ。 (aiōn )
イエスがオリーブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」 (aiōn )
斯て左に居る者にも亦云はん、詛はれたる者よ、我を離れて、惡魔と其使等との為に備へられたる永遠の火に[入れ]。 (aiōnios )
それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火にはいれ。 (aiōnios )
斯て是等の人は永遠の刑罰に入り、義人は永遠の生命に入るべし、と。 (aiōnios )
こうして、この人たちは永遠の刑罰にはいり、正しい人たちは永遠のいのちにはいるのです。」 (aiōnios )
我が汝等に命ぜし事を悉く守るべく教へよ。然て我は世の終まで日々汝等と偕に居るなり、と。 (aiōn )
また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」 (aiōn )
然れども聖霊を冒涜せし者は永遠に赦を得ず、永遠の罪に服すべし、と。 (aiōn , aiōnios )
しかし、聖霊をけがす者はだれでも、永遠に赦されず、とこしえの罪に定められます。」 (aiōn , aiōnios )
此世の心勞、富の惑、其他の諸欲入來りて、言を蔽塞ぎ、遂に實らざるに至る。 (aiōn )
世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望がはいり込んで、みことばをふさぐので、実を結びません。 (aiōn )
若汝の手汝を躓かさば之を切れ、不具にて生命に入るは、兩手ありて地獄の滅えざる火に往くより、汝に取りて優れり、 (Geenna )
もし、あなたの手があなたのつまずきとなるなら、それを切り捨てなさい。不具の身でいのちにはいるほうが、両手そろっていてゲヘナの消えぬ火の中に落ち込むよりは、あなたにとってよいことです。 (Geenna )
若汝の足汝を躓かさば之を切れ、片足にて永遠の生命に入るは、兩足ありて滅えざる火の地獄に投入れらるるより、汝に取りて優れり。 (Geenna )
もし、あなたの足があなたのつまずきとなるなら、それを切り捨てなさい。片足でいのちにはいるほうが、両足そろっていてゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。 (Geenna )
若汝の目汝を躓かさば、之を抉去れ、片目にて神の國に入るは、兩目ありて火の地獄に投入れらるるより、汝に取りて優れり、 (Geenna )
もし、あなたの目があなたのつまずきを引き起こすのなら、それをえぐり出しなさい。片目で神の国にはいるほうが、両目そろっていてゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。 (Geenna )
イエズス途に出で給ひしに、一人馳來り、其前に跪きて、善き師よ、永遠の生命を得んには、我何を為すべきか、と問ひければ、 (aiōnios )
イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄って、御前にひざまずいて、尋ねた。「尊い先生。永遠のいのちを自分のものとして受けるためには、私は何をしたらよいでしょうか。」 (aiōnios )
誰にてもあれ、百倍程を受けざるはなし、即今此世にては、家、兄弟、姉妹、母、子等、田畑を迫害と共に[受け、]後の世にては、永遠の生命を受けざるはなし。 (aiōn , aiōnios )
その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます。 (aiōn , aiōnios )
イエズス是に言ひて、今より後何時までも汝の實を食ふ人あらざれ、と曰ひしを弟子等聞きたりき。 (aiōn )
イエスは、その木に向かって言われた。「今後、いつまでも、だれもおまえの実を食べることのないように。」弟子たちはこれを聞いていた。 (aiōn )
ヤコブの家を限なく治め、其治世は終なかるべし、と。 (aiōn )
彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」 (aiōn )
我等の先祖に曰ひし如く、アブラハムにも其子孫にも、世々に限なく及ぼし給はん、と。 (aiōn )
私たちの先祖たち、アブラハムとその子孫に 語られたとおりです。」 (aiōn )
是古より聖なる預言者等の口に籍りて語り給ひし如く、 (aiōn )
古くから、その聖なる預言者たちの口を通して、 主が話してくださったとおりに。 (aiōn )
然てイエズスの命じて底なき淵に往かしめ給はざらん事を請ひたりしが、 (Abyssos )
悪霊どもはイエスに、底知れぬ所に行け、とはお命じになりませんようにと願った。 (Abyssos )
又カファルナウムよ、汝も地獄にまで沈めらるべし、天にまでも上げられたるものを。 (Hadēs )
カペナウム。どうしておまえが天に上げられることがありえよう。ハデスにまで落とされるのだ。 (Hadēs )
折しも一人の律法學士立上り、イエズスを試みんとして云ひけるは、師よ、我何を為してか永遠の生命を得べき。 (aiōnios )
すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスをためそうとして言った。「先生。何をしたら永遠のいのちを自分のものとして受けることができるでしょうか。」 (aiōnios )
爰に汝等の懼るべき者を示さん、即ち殺したる後地獄に投入るる権能ある者を懼れよ、然り、我汝等に告ぐ、之を懼れよ。 (Geenna )
恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。 (Geenna )
然るに主人、此不正なる家令を誉めて、其手段を巧なりとせり。蓋此世の子等は互に光の子等よりも巧なればなり。 (aiōn )
この世の子らは、自分たちの世のことについては、光の子らよりも抜けめがないものなので、主人は、不正な管理人がこうも抜けめなくやったのをほめた。 (aiōn )
我も亦汝等に告ぐ、汝等不正の富を以て友人を作り、息絶えし後、汝等に永遠の住處に承入れしむべく為よ。 (aiōnios )
そこで、わたしはあなたがたに言いますが、不正の富で、自分のために友をつくりなさい。そうしておけば、富がなくなったとき、彼らはあなたがたを、永遠の住まいに迎えるのです。 (aiōnios )
然るに乞食死にければ、天使に携へられてアブラハムの懐に至りたるに、富豪も亦死して地獄に葬られしが、 (Hadēs )
(parallel missing)
Luke 16:23 (ルカの福音書 16:23)
(parallel missing)
その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げると、アブラハムが、はるかかなたに見えた。しかも、そのふところにラザロが見えた。 (Hadēs )
一人の重立ちたる者イエズスに問ひて、善き師よ、我何を為してか永遠の生命を得べき、と云ひしかば、 (aiōnios )
またある役人が、イエスに質問して言った。「尊い先生。私は何をしたら、永遠のいのちを自分のものとして受けることができるでしょうか。」 (aiōnios )
此世にて更に多くの物を受け、後の世に永遠の生命を受けざるはなし、と。 (aiōn , aiōnios )
この世にあってその幾倍かを受けない者はなく、後の世で永遠のいのちを受けない者はありません。」 (aiōn , aiōnios )
イエズス彼等に曰ひけるは、現世の子等は娶嫁すれども、 (aiōn )
イエスは彼らに言われた。「この世の子らは、めとったり、とついだりするが、 (aiōn )
來世及び復活に堪へたりとせらるべき人々は、嫁がず娶らざらん、 (aiōn )
次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から復活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません。 (aiōn )
是総て之を信仰する人の、亡びずして永遠の生命を得ん為なり。 (aiōnios )
それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」 (aiōnios )
蓋神の此世を愛し給へる事は、御獨子を賜ふ程にして、是総て之を信仰する人の亡びずして永遠の生命を得ん為なり。 (aiōnios )
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。 (aiōnios )
御子を信仰する人は永遠の生命を有す。然れど御子を信ぜざる人は生命を見ざるべく、神の怒却て彼が上に止る、と。 (aiōnios )
御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。 (aiōnios )
然れども我が與へんとする水を飲む者は永遠に渇かず、我が之に與ふる水は、却て彼に於て、永遠の生命に湧出づる水の源となるべし。 (aiōn , aiōnios )
しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」 (aiōn , aiōnios )
穫る人は報を受けて永遠の生命に至るべき果を収むれば、捲く人も穫る人も共に喜ぶべし。 (aiōnios )
すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに入れられる実を集めています。それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためです。 (aiōnios )
誠に實に汝等に告ぐ、我言を聴きて我を遣はし給ひし者を信ずる人は、永遠の生命を有し、且審判に至らずして、死より生に移りたる者なり。 (aiōnios )
まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。 (aiōnios )
汝等は聖書に永遠の生命を有すと思ひて之を探る、彼等も亦我を證明するものなり、 (aiōnios )
あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。 (aiōnios )
働く事は朽つる糧の為にせずして、永遠の生命に至るまで存する糧、即ち人の子が汝等に與へんとする糧の為にせよ、其は父なる神彼を證印し給ひたればなり、と。 (aiōnios )
なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです。」 (aiōnios )
又我を遣はし給ひし我父の思召は、総て子を見て之を信仰する人は永遠の生命を得ん事是なり。斯て我終の日に之を復活せしむべし、と。 (aiōnios )
事実、わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。わたしはその人たちをひとりひとり終わりの日によみがえらせます。」 (aiōnios )
誠に實に汝等に告ぐ、我を信ずる人は永遠の生命を有す。 (aiōnios )
まことに、まことに、あなたがたに告げます。信じる者は永遠のいのちを持ちます。 (aiōnios )
我は天より降りたる活ける麪なり。人若此わが麪を食せば永遠に活くべし。 而して我が與へんとする麪は、此世を活かさん為の我肉なり、と。 (aiōn )
わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。」 (aiōn )
我肉を食し我血を飲む人は永遠の生命を有す、而して我終の日に之を復活せしむべし。 (aiōnios )
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。 (aiōnios )
是ぞ天より降りし麪なる、汝等の先祖がマンナを食して然も死せしが如くならず、此麪を食する人は永遠に活くべし、と。 (aiōn )
これは、天から下って来たパンです。あなたがたの先祖が食べて死んだようなものではありません。このパンを食べる者は永遠に生きます。」 (aiōn )
シモン、ペトロ答へけるは、主よ、我等誰にか之かん、汝こそ永遠の生命の言を有し給ふなれ。 (aiōnios )
すると、シモン・ペテロが答えた。「主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。 (aiōnios )
奴隷は限なく家に止る者に非ず、子こそ限なく止るなれ、 (aiōn )
奴隷はいつまでも家にいるのではありません。しかし、息子はいつまでもいます。 (aiōn )
誠に實に汝等に告ぐ、人若我言を守らば永遠に死を見ざるべし、と。 (aiōn )
まことに、まことに、あなたがたに告げます。だれでもわたしのことばを守るならば、その人は決して死を見ることがありません。」 (aiōn )
是に於てユデア人云ひけるは、我等汝が惡魔に憑かれたるを今こそは暁りたれ、アブラハムも死し、預言者等も死せり、然るを汝、人若我言を守らば永遠に死を味はじと云ふ。 (aiōn )
ユダヤ人たちはイエスに言った。「あなたが悪霊につかれていることが、今こそわかりました。アブラハムは死に、預言者たちも死にました。しかし、あなたは、『だれでもわたしのことばを守るならば、その人は決して死を味わうことがない。』と言うのです。 (aiōn )
開闢以來生れながらなる瞽者の目を明けし人ある事を聞かず、 (aiōn )
盲目に生まれついた者の目をあけた者があるなどとは、昔から聞いたこともありません。 (aiōn )
斯て我永遠の生命を彼等に與ふ、彼等長久に亡びず、誰も彼等を我手より奪はじ、 (aiōn , aiōnios )
わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。 (aiōn , aiōnios )
又活きて我を信ずる人は、凡て永遠に死する事なし、汝之を信ずるか、と曰ひしに、 (aiōn )
また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」 (aiōn )
唯一にして止るも、若死すれば多くの實を結ぶ。己が生命を愛する人は之を失ひ、此世にて生命を憎む人は、之を保ちて永遠の生命に至るべし、 (aiōnios )
自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。 (aiōnios )
群衆之に答へけるは、キリストは永遠に存すとこそ、我等は律法より聞けるものを、汝何ぞ人の子上げられるべしと云ふや、人の子とは是誰なるぞ、と。 (aiōn )
そこで、群衆はイエスに答えた。「私たちは、律法で、キリストはいつまでも生きておられると聞きましたが、どうしてあなたは、人の子は上げられなければならない、と言われるのですか。その人の子とはだれですか。」 (aiōn )
我は其命令が永遠の生命たる事を知る、然れば我が語るは、父の我に曰ひし儘に之を語るなり、と。 (aiōnios )
わたしは、父の命令が永遠のいのちであることを知っています。それゆえ、わたしが話していることは、父がわたしに言われたとおりを、そのままに話しているのです。」 (aiōnios )
ペトロ云ひけるは、我足を洗ひ給ふ事決してあるべからず、と。イエズス我若汝を洗はずば、我と一致する所あらじ、と答へ給ひしかば、 (aiōn )
ペテロはイエスに言った。「決して私の足をお洗いにならないでください。」イエスは答えられた。「もしわたしが洗わなければ、あなたはわたしと何の関係もありません。」 (aiōn )
而して我は父に請ひ、父は他の弁護者を汝等に賜ひて、永遠に汝等と共に止らしめ給はん。 (aiōn )
わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。 (aiōn )
其は父より賜はりし人々に永遠の生命を與へしめんとて、之に萬民の上に権能を賜ひたればなり。 (aiōnios )
それは子が、あなたからいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、あなたは、すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。 (aiōnios )
抑永遠の生命は、唯一の眞の神にて在す汝と、其遣はし給へるイエズス、キリストとを知るに在り。 (aiōnios )
その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。 (aiōnios )
其は汝我魂を冥府に棄置き給はず、汝の聖なる者に腐敗を見せ給ふ事なかるべければなり、 (Hadēs )
あなたは私のたましいをハデスに捨てて置かず、 あなたの聖者が朽ち果てるのを お許しにならないからである。 (Hadēs )
先見してキリストの復活を示し、其冥府に棄置かれざりし事と、其肉體の腐敗を見ざりし事とを語りたるなり。 (Hadēs )
それで後のことを予見して、キリストの復活について、『彼はハデスに捨てて置かれず、その肉体は朽ち果てない。』と語ったのです。 (Hadēs )
天は先之を受けざるべからず、是世の始より、神が其聖なる預言者等の口を以て告げ給ひし、萬物の回復の時代に至る迄の間なり。 (aiōn )
このイエスは、神が昔から、聖なる預言者たちの口を通してたびたび語られた、あの万物の改まる時まで、天にとどまっていなければなりません。 (aiōn )
パウロバルナバ毅然として云ひけるは、神の御言は先汝等に語るべかりき。然るに汝等之を退けて、自ら永遠の生命を得るに足らずとせるを以て、看よ我等転じて異邦人に向はんとするなり。 (aiōnios )
そこでパウロとバルナバは、はっきりとこう宣言した。「神のことばは、まずあなたがたに語られなければならなかったのです。しかし、あなたがたはそれを拒んで、自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者と決めたのです。見なさい。私たちは、これからは異邦人のほうへ向かいます。 (aiōnios )
異邦人之を聞きて喜び、又主の御言を崇め居りしが、永遠の生命に預定せられし人々悉く之を信仰せり。 (aiōnios )
異邦人たちは、それを聞いて喜び、主のみことばを賛美した。そして、永遠のいのちに定められていた人たちは、みな、信仰にはいった。 (aiōnios )
主は世の始めより己が業を知り給ふ、 (aiōn )
大昔からこれらのことを知らせておられる主が、 こう言われる。』 (aiōn )
即ち其見得べからざる所、其永遠の能力も神性も、世界創造以來造られたる物によりて覚られ、明かに見ゆるが故に、人々弁解する事を得ず。 (aïdios )
神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。 (aïdios )
神の眞實を虚僞に易へ、造物主を措きて被造物を拝み、之に事ふるに至りたればなり。造物主こそは世々に祝せられ給ふなれ、アメン。 (aiōn )
それは、彼らが神の真理を偽りと取り代え、造り主の代わりに造られた物を拝み、これに仕えたからです。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。 (aiōn )
即ち忍耐を以て善行を力め、光榮と尊貴と不朽とを求むる人々には永遠の生命を以て報い給ふべしと雖も、 (aiōnios )
忍耐をもって善を行ない、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え、 (aiōnios )
是罪が死を以て王となりし如く、恩寵も亦我主イエズス、キリストに由りて義を以て王となり、永遠の生命に至らしめん為なり。 (aiōnios )
それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。 (aiōnios )
今は既に罪より救はれて神の僕と成り、其得る所の好果は聖と成る事にして、其終は永遠の生命なり。 (aiōnios )
しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです。 (aiōnios )
蓋罪の報酬は死なるに、神の賜は我主イエズス、キリストに由れる永遠の生命なり。 (aiōnios )
罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。 (aiōnios )
祖先等は彼等のもの、キリストも肉身上よりすれば彼等より出で給ひしなり。即ち萬物の上に世々祝せられ給ふ神にて在す、アメン。 (aiōn )
先祖たちも彼らのものです。またキリストも、人としては彼らから出られたのです。このキリストは万物の上にあり、とこしえにほめたたえられる神です。アーメン。 (aiōn )
「或は誰か陰府に降らんと」、是キリストを死より呼起す為ならん。 (Abyssos )
また、「だれが地の奥底に下るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを死者の中から引き上げることです。 (Abyssos )
是衆人を憫み給はん為に、神が之を不從順に籠め給へるなり。 (eleēsē )
なぜなら、神は、すべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のうちに閉じ込められたからです。 (eleēsē )
蓋萬事は彼に倚りて彼を以て彼の為に在り、光榮世々彼に歸す、アメン。 (aiōn )
というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。 (aiōn )
又此世に倣ひ從ふ事なく、却て神の御旨、即ち善と御意に適ふ事と完全との如何なるものなるかを暁らん為、精神を一新して自ら改革せよ。 (aiōn )
この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。 (aiōn )
尚長き世の間黙せられしに、今や預言者等の書に應じて、永遠の神の命に由り、信仰に服せしめんとて、萬民に顕れたる奥義の示に随ひ、 (aiōnios )
私の福音とイエス・キリストの宣教によって、すなわち、世々にわたって長い間隠されていたが、 (aiōnios )
Romans 16:26 (ローマ人への手紙 16:26)
(parallel missing)
今や現わされて、永遠の神の命令に従い、預言者たちの書によって、信仰の従順に導くためにあらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを堅く立たせることができる方、 (aiōnios )
即ち唯一の智者に在せる神に、イエズス、キリストを以て世々尊貴と光榮とあれかし、アメン。 (aiōn )
知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、御栄えがとこしえまでありますように。アーメン。 (aiōn )
此世の智者何處にか在る、律法學者何處にか在る、論者何處にか在る。神は此世の智を愚ならしめ給ひしに非ずや。 (aiōn )
知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。 (aiōn )
然れども完全なる人々の中に於ては、我等智恵の事を語る。但し此世の智恵に非ず、此世に於る亡ぶべき君主等の智恵に非ず、 (aiōn )
しかし私たちは、成人の間で、知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。 (aiōn )
語る所は神の不可思議なる智恵にして、即ち(永く)隠れたりしもの、神が代々に先ちて我等の光榮として豫定し給ひしものなり。 (aiōn )
私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。 (aiōn )
此世の君主等は一人も之を知らざりき。蓋知りたりしならば、彼等は決して光榮の主を十字架に釘けざりしならん。 (aiōn )
この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。 (aiōn )
誰も自ら欺くこと勿れ、汝等の中に己を敏しと思ふ者あらば、智者たらん為に此世に於て愚なるべし。 (aiōn )
だれも自分を欺いてはいけません。もしあなたがたの中で、自分は今の世の知者だと思う者がいたら、知者になるためには愚かになりなさい。 (aiōn )
故に若食物我兄弟を躓かするならば、我は兄弟を躓かせざらん為に、何時までも肉を食せじ。 (aiōn )
ですから、もし食物が私の兄弟をつまずかせるなら、私は今後いっさい肉を食べません。それは、私の兄弟につまずきを与えないためです。 (aiōn )
是等の事は皆前兆として彼等に起りつつありしが、其録されたるは、世の末が身に及べる我等の誡とならん為なり。 (aiōn )
これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。 (aiōn )
「死よ、汝の勝利は何處にかある、死よ、汝の針は何處にかある」と。 (Hadēs )
「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」 (Hadēs )
即ち彼等に於て、世間の神不信者の心を暗まし、神の像に在せるキリストの光榮の福音の光を、彼等の上に輝かしめじとせるなり。 (aiōn )
そのばあい、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。 (aiōn )
其は我等の短く軽き現在の患難が、我等に永遠重大にして無比なる光榮を準備すればなり。 (aiōnios )
今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。 (aiōnios )
我等の顧みるは見ゆるものに非ずして見えざるものなり、其は見ゆるものは此世に限れど見えざるものは永遠なればなり。 (aiōnios )
私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。 (aiōnios )
蓋我等は、幕屋なる我が地上の住處破るれば、人の手に成らずして神より賜はれる住處、永遠の家が我等の為に天に在る事を知る。 (aiōnios )
私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。 (aiōnios )
録して、「[義人]蒔散らして貧人に與へたり、其義は世々に存す」、とあるが如し。 (aiōn )
「この人は散らして、貧しい人々に与えた。 その義は永遠にとどまる。」 と書いてあるとおりです。 (aiōn )
世々に祝せられ給ふ我主イエズス、キリストの神及び父は、我が僞らざる事を知り給ふ。 (aiōn )
主イエス・キリストの父なる神、永遠にほめたたえられる方は、私が偽りを言っていないのをご存じです。 (aiōn )
此キリストは即ち我父にて在す神の思召によりて、我等を此惡き世より救出さんとて、我等の罪の為に己を献げ給ひし者なれば、 (aiōn )
キリストは、今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになりました。私たちの神であり父である方のみこころによったのです。 (aiōn )
之に世々光榮あれかし、アメン。 (aiōn )
どうか、この神に栄光がとこしえにありますように。アーメン。 (aiōn )
即ち己が肉の為に蒔く人は、又肉より腐敗を刈取り、霊の為に撒く人は、又霊より永遠の生命を刈取らん。 (aiōnios )
自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。 (aiōnios )
一切の権勢と能力と、勢力と主権との上、又凡て今世のみならず來世にも名けられて名[あるもの]の上に置き給ひ、 (aiōn )
すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。 (aiōn )
曾て此世間に從ひ、又空中の権を有して今も尚不信の子等の中に働ける、霊の君に從ひて歩めり。 (aiōn )
そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。 (aiōn )
是キリスト、イエズスに於る其善良を以て、我等の上に於る恩寵の非常なる富を、将來の世々に顕し給はん為なり。 (aiōn )
それは、あとに来る世々において、このすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜わる慈愛によって明らかにお示しになるためでした。 (aiōn )
是萬物を創造し給ひたる神に於て、世の初より隠れたりし奥義の度の如何を、衆人に説明す恩寵にして、 (aiōn )
また、万物を創造された神の中に世々隠されていた奥義を実行に移す務めが何であるかを明らかにするためにほかなりません。 (aiōn )
我主イエズス、キリストに於て全うし給へる、世々の預定に應ぜん為なり。 (aiōn )
私たちの主キリスト・イエスにおいて実現された神の永遠のご計画に沿ったことです。 (aiōn )
教會及びキリスト、イエズスに於て、永遠の世に至るまで光榮あらん事を、アメン。 (aiōn )
教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。 (aiōn )
其は我等の戰ふべきは血肉に對ひてには非ず、権勢及び能力、此暗黒の世の司等、天空の惡霊等に對ひてなればなり。 (aiōn )
私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。 (aiōn )
願はくは我父にて在す神に世々光榮あらんことを、アメン。 (aiōn )
どうか、私たちの父なる神に御栄えがとこしえにありますように。アーメン。 (aiōn )
今や其聖徒等に顕れたる奥義を、具に傳へん為なり。 (aiōn )
これは、多くの世代にわたって隠されていて、いま神の聖徒たちに現わされた奥義なのです。 (aiōn )
彼等は主の御顔と其能力の光榮とを離れて終なき亡の罰を受けん、 (aiōnios )
そのような人々は、主の御顔の前とその御力の栄光から退けられて、永遠の滅びの刑罰を受けるのです。 (aiōnios )
願はくは我主イエズス、キリスト御自ら、并に我等を愛し給ひて恩寵による永遠の慰と善き希望とを賜ひし我父にて在す神、 (aiōnios )
どうか、私たちの主イエス・キリストであり、私たちの父なる神である方、すなわち、私たちを愛し、恵みによって永遠の慰めとすばらしい望みとを与えてくださった方ご自身が、 (aiōnios )
然るに慈悲を蒙りしはキリスト、イエズス其諸の堪忍を我に於て第一に顕し給ひ、永遠の生命を得んとて将に信ぜんとする人々に例を示し給はん為なり。 (aiōnios )
しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。 (aiōnios )
願はくは萬世の王に在し不朽にして見え給はざる唯一の神に、世々尊崇と光榮と在らん事を、アメン。 (aiōn )
どうか、世々の王、すなわち、滅びることなく、目に見えない唯一の神に、誉れと栄えとが世々限りなくありますように。アーメン。 (aiōn )
信仰の善き戰を戰ひて永遠の生命を捉へよ。其は之に召されて、多くの證人の前に之が為に善き宣言を為したればなり。 (aiōnios )
信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、また、多くの証人たちの前でりっぱな告白をしました。 (aiōnios )
彼は獨不死を有し、近づくべからざる光に住み給ひ、一人も曾て見奉りし事なく又見奉る能はざる者に在し、尊榮と永遠の権能と之に歸す、アメン。 (aiōnios )
ただひとり死のない方であり、近づくこともできない光の中に住まわれ、人間がだれひとり見たことのない、また見ることのできない方です。誉れと、とこしえの主権は神のものです。アーメン。 (aiōnios )
汝此世の富者に命ぜよ、驕る事なく、確ならぬ富を恃まず、快樂の為にも萬物を豊に供給し給ふ活き給へる神を頼み奉り、 (aiōn )
この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。 (aiōn )
神の我等を救ひ、且聖なる召を以て召し給ひしは、我等の業によれるには非ず、御自らの規定により、又イエズス、キリストに於て世々の以前より我等に賜ひたる恩寵によれるなり。 (aiōnios )
神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自身の計画と恵みとによるのです。この恵みは、キリスト・イエスにおいて、私たちに永遠の昔に与えられたものであって、 (aiōnios )
故に我は選まれたる人々の為に萬事を忍ぶ、是彼等をしてイエズス、キリストに於る救霊と天の榮光とを得しめん為なり。 (aiōnios )
ですから、私は選ばれた人たちのために、すべてのことを耐え忍びます。それは、彼らもまたキリスト・イエスにある救いと、それとともに、とこしえの栄光を受けるようになるためです。 (aiōnios )
蓋デマスは此世を好み、我を棄ててテサロニケに行き、クレセンスはガラチアに、チトはダルマチアに行き、 (aiōn )
デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、また、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行ったからです。 (aiōn )
主は我を一切の惡業より逃れしめ給ひ、尚其天國に於て我を救ひ給ふべし、主に世々光榮あれかし、アメン。 (aiōn )
主は私を、すべての悪のわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださいます。主に、御栄えがとこしえにありますように。アーメン。 (aiōn )
永遠の生命の希望を生ぜしむる眞理の知識に應ずる為なり。即ち僞り給はざる神は世々の以前より此希望を約し給ひしに、 (aiōnios )
それは、偽ることのない神が、永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づくことです。 (aiōnios )
我等に諭すに、不敬虔と世俗の欲とを棄てて、謹慎と正義と敬虔とを以て此世に生活すべき事、 (aiōn )
私たちに、不敬虔とこの世の欲とを捨て、この時代にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、 (aiōn )
我等が其恩寵によりて義とせられ、永遠の生命の希望に於る世嗣と成らん為なり。 (aiōnios )
それは、私たちがキリストの恵みによって義と認められ、永遠のいのちの望みによって、相続人となるためです。 (aiōnios )
彼が一時汝を離れしは、或は汝が永遠に之を受けて、 (aiōnios )
彼がしばらくの間あなたから離されたのは、たぶん、あなたが彼を永久に取り戻すためであったのでしょう。 (aiōnios )
此末の日に至り、曾て萬物の世嗣に立て、又之によりて世を造り給ひたる御子を以て、我等に語り給へり。 (aiōn )
この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。 (aiōn )
御子に就きては、「神よ、汝の玉座は世々に在り、汝の王位の笏は義の笏なり、 (aiōn )
御子については、こう言われます。 「神よ。あなたの御座は世々限りなく、 あなたの御国の杖こそ、まっすぐな杖です。 (aiōn )
他の篇に又、「汝は限なくメルキセデクの如き司祭なり」、と曰ひしが如し。 (aiōn )
別の個所で、こうも言われます。 「あなたは、とこしえに、 メルキゼデクの位に等しい祭司である。」 (aiōn )
然て全うせられ給ひて、從ひ奉る凡ての人に永遠の救霊の原と成り、 (aiōnios )
完全な者とされ、彼に従うすべての人々に対して、とこしえの救いを与える者となり、 (aiōnios )
及び諸洗禮、按手禮、死者の復活、永遠の審判等に関する教の基礎を再び築く事を為ずして、尚完全なる事に進まん、 (aiōnios )
きよめの洗いについての教え、手を置く儀式、死者の復活、とこしえのさばきなど基礎的なことを再びやり直したりしないようにしましょう。 (aiōnios )
且神の善き御言と來世の勢力とを味ひながら、 (aiōn )
神のすばらしいみことばと、後にやがて来る世の力とを味わったうえで、 (aiōn )
更にイエズスが限なくメルキセデクの如き大司祭と為られて、我等の為に先駆として入り給ひし幕屋の中までも、[此希望は]入るものなり。 (aiōn )
イエスは私たちの先駆けとしてそこにはいり、永遠にメルキゼデクの位に等しい大祭司となられました。 (aiōn )
其は、「汝は限なくメルキセデクの如き司祭なり」と稱せられたればなり。 (aiōn )
この方については、こうあかしされています。 「あなたは、とこしえに、 メルキゼデクの位に等しい祭司である。」 (aiōn )
イエズスは誓を以て、即ち、「主誓ひ給へり、取返し給ふ事なかるべし、汝は限なく司祭なり」と曰ひし者によりて立てられ給ひしなり。 (aiōn )
――彼らのばあいは、誓いなしに祭司となるのですが、主のばあいには、主に対して次のように言われた方の誓いがあります。 「主は誓ってこう言われ、 みこころを変えられることはない。 『あなたはとこしえに祭司である。』」―― (aiōn )
然れどイエズスは限なく存し給ふによりて、不朽の司祭職を有し給ふ。 (aiōn )
しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。 (aiōn )
其は律法の立てし司祭は弱點或人々なるに、律法の後なる誓の言の立てしは、限なく完全に在す御子なればなり。 (aiōn )
律法は弱さを持つ人間を大祭司に立てますが、律法のあとから来た誓いのみことばは、永遠に全うされた御子を立てるのです。 (aiōn )
牡山羊、犢の血を用ひず、己が血を以て一度聖所に入り、不朽の贖を得させ給ひしなり。 (aiōnios )
また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです。 (aiōnios )
况や聖霊を以て、己が穢なき身を神に献げ給ひしキリストの御血は、活き給へる神に事へ奉らしめん為に、死せる業より我等の良心を潔むべきをや。 (aiōnios )
まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行ないから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。 (aiōnios )
故にキリストは新約の仲介者に在して、死を凌ぎて前の約の下に犯されたる過を贖ひ、召されたる人々に永遠の世嗣の約束を得させ給ふなり。 (aiōnios )
こういうわけで、キリストは新しい契約の仲介者です。それは、初めの契約のときの違反を贖うための死が実現したので、召された者たちが永遠の資産の約束を受けることができるためなのです。 (aiōnios )
然らずんば、開闢以來屡苦しみ給ふべかりしなり。然れど今世の末に當りて、己を犠牲として罪を亡ぼさん為に、一度現れ給ひしなり。 (aiōn )
もしそうでなかったら、世の初めから幾度も苦難を受けなければならなかったでしょう。しかしキリストは、ただ一度、今の世の終わりに、ご自身をいけにえとして罪を取り除くために、来られたのです。 (aiōn )
信仰に由りて我等は、世界が神の一言にて組立てられ、現に見ゆるものが見ゆるものより成出でざりしことを暁る。 (aiōn )
信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。 (aiōn )
イエズス、キリストは昨日も今日も同一に在して、世々にも亦然り。 (aiōn )
イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。 (aiōn )
願はくは永遠の約の御血に由て、羊の大牧者にて在す我主イエズス、キリストを、死より復活せしめ給ひし平和の神、 (aiōnios )
永遠の契約の血による羊の大牧者、私たちの主イエスを死者の中から導き出された平和の神が、 (aiōnios )
御旨を行はしめん為に、汝等を凡ての善事に完全ならしめ、御前に於て御意に適ふ所を、イエズス、キリストによりて、汝等の中に為し給はん事を。光榮世々之に歸す、アメン。 (aiōn )
イエス・キリストにより、御前でみこころにかなうことを私たちのうちに行ない、あなたがたがみこころを行なうことができるために、すべての良いことについて、あなたがたを完全な者としてくださいますように。どうか、キリストに栄光が世々限りなくありますように。アーメン。 (aiōn )
舌も亦火なり、不義の世界なり。舌は我等が五體の中に備はりて全身を穢し、地獄の火を以て燃され、我等が一生の車輪を焼く。 (Geenna )
舌は火であり、不義の世界です。舌は私たちの器官の一つですが、からだ全体を汚し、人生の車輪を焼き、そしてゲヘナの火によって焼かれます。 (Geenna )
汝等が新に生れたるは、腐るべき種によらず、腐るべからざる種により、活きて永遠に存する神の御言によれり。 (aiōn )
あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。 (aiōn )
主の御言は永遠に存す。汝等に福音と成りし言は即ち是なり。 (aiōn )
しかし、主のことばは、 とこしえに変わることがない。」 とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。 (aiōn )
即ち人語る時は神の御言を語るが如くし、務むる時は神の賜へる能力を以てするが如くすべし。是神が一切に於てイエズス、キリストを以て尊ばれ給はん為にして、光榮と主権と世々之に歸す、アメン。 (aiōn )
語る人があれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕する人があれば、神が豊かに備えてくださる力によって、それにふさわしく奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。栄光と支配が世々限りなくキリストにありますように。アーメン。 (aiōn )
一切の恩寵の神はキリスト、イエズスによりて其永遠の光榮に汝等を呼び給ひしものなれば、聊苦しみたる上は、御自ら完全にし堅うし強からしめ給はん、 (aiōnios )
あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。 (aiōnios )
光榮と主権と世々之に歸す、アメン。 (aiōn )
どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。アーメン。 (aiōn )
其は我主にして救主に在すイエズス、キリストの永遠の國に入るの恵を豊に加へらるべければなり。 (aiōnios )
このようにあなたがたは、私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの永遠の御国にはいる恵みを豊かに加えられるのです。 (aiōnios )
蓋神は罪を犯したる天使等を赦し給はずして、之を地獄の暗黒に繋置き、苦に委ねんとして審判を待たせ給ひ、 (Tartaroō )
神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。 (Tartaroō )
却て益恩寵を増し、益我主にして且救主にて在すイエズス、キリストを識り奉ることを努めよ。今も永遠の日にも、光榮彼に歸す、アメン。 (aiōn )
私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。このキリストに、栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。アーメン。 (aiōn )
即ち生命[たるもの]顕れ給へり、我等は曾て父の御許に在して、我等に顕れ給ひし永遠の生命を見奉り、之を保證し且汝等に告ぐるなり。 (aiōnios )
――このいのちが現われ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現わされた永遠のいのちです。―― (aiōnios )
而して世も其慾も過去れど、神の御旨を行ふ人は限なく存するなり。 (aiōn )
世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行なう者は、いつまでもながらえます。 (aiōn )
夫御子が自ら我等に約し給ひし約束は、即ち永遠の生命なり。 (aiōnios )
それがキリストご自身の私たちにお与えになった約束であって、永遠のいのちです。 (aiōnios )
総て己が兄弟を憎む人は人殺者なり、総て人殺者は永遠の生命の其身に止る事なきは汝等の知る所なり。 (aiōnios )
兄弟を憎む者はみな、人殺しです。いうまでもなく、だれでも人を殺す者のうちに、永遠のいのちがとどまっていることはないのです。 (aiōnios )
其證は是なり、即ち神我等に永遠の生命を賜ひて、此生命は其御子に在り、 (aiōnios )
そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。 (aiōnios )
結末。 我が是等の事を汝等に書贈るは、神の御子の御名を信じ奉る汝等をして、自ら永遠の生命を有せる事を知らしめん為なり。 (aiōnios )
私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。 (aiōnios )
神の御子が我等に眞の神を識らしめ、我等を其眞の御子に在らしめん為に、來りて智識を與へ給へる事は我等又之を知れり。是ぞ眞の神にして又永遠の生命にて在す。 (aiōnios )
しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。 (aiōnios )
今我等の中に止りて、而も限なく我等と共に存すべき眞理に對して、眞に愛する所の者に[書簡を贈る]。 (aiōn )
このことは、私たちのうちに宿る真理によることです。そして真理はいつまでも私たちとともにあります。 (aiōn )
又己が位を保たず己が居處を棄てたりし天使等を、大いなる日の審判の為に、無窮の縲絏を以て暗黒の中に閉ぢ給ひ、 (aïdios )
また、主は、自分の領域を守らず、自分のおるべき所を捨てた御使いたちを、大いなる日のさばきのために、永遠の束縛をもって、暗やみの下に閉じ込められました。 (aïdios )
又ソドマ、ゴモラ及び其付近の市町は、同じく淫亂に耽り、異なる肉身を冒したるが故に、永遠の火の刑罰を受けて見せしめと為られしなり。 (aiōnios )
また、ソドム、ゴモラおよび周囲の町々も彼らと同じように、好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受けて、みせしめにされています。 (aiōnios )
己が醜行を泡立たする海の暴波、暗黒が彼等の為に限なく備はれる惑星なり。 (aiōn )
自分の恥のあわをわき立たせる海の荒波、さまよう星です。まっ暗なやみが、彼らのために永遠に用意されています。 (aiōn )
己を神の愛の中に守り、永遠の生命を得ん為に、我主イエズス、キリストの御慈悲を待て。 (aiōnios )
神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。 (aiōnios )
即ち我主イエズス、キリストによりて、我救主にて在す唯一の神に、萬世の以前に於ても、今に於ても、又萬世に至る迄も、光榮、威光、能力、権能歸す、アメン。 (aiōn )
すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン。 (aiōn )
我等を以て其父にて在す神の為に國と為し祭司と為し給ひしものにして、光榮と権威と是に在りて世々に限なし、アメン。 (aiōn )
また、私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。キリストに栄光と力とが、とこしえにあるように。アーメン。 (aiōn )
我は活けるものにして死したりしものなり。看よ我は世々に限なく活きて、死と地獄との鍵を有てり、 (aiōn , Hadēs )
生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている。 (aiōn , Hadēs )
斯て此四の動物、玉座に坐し給ひて世々に限なく活き給ふものに、光榮と尊崇と感謝とを歸し奉るに、 (aiōn )
また、これらの生き物が、永遠に生きておられる、御座に着いている方に、栄光、誉れ、感謝をささげるとき、 (aiōn )
廿四人の翁、玉座に坐し給ふものの御前に平伏し、世々に限なく活き給ふものを禮拝し奉り、己が冠を玉座の前に投じつつ、 (aiōn )
二十四人の長老は御座に着いている方の御前にひれ伏して、永遠に生きておられる方を拝み、自分の冠を御座の前に投げ出して言った。 (aiōn )
又天にも、地上にも地下にも、海上にも何處にも、被造物の悉く言へるを聞けり、玉座に坐し給ふものと羔とに、祝福と尊貴と、光榮と権能と、世々に限なし、と。 (aiōn )
また私は、天と地と、地の下と、海の上のあらゆる造られたもの、およびその中にある生き物がこう言うのを聞いた。 「御座にすわる方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように。」 (aiōn )
折しも死色の馬ありて、之に乗れるものは名を死と云ひ、冥府其後に從ひ、彼は剣と飢饉と死亡と地の猛獣とを以て地上の人の四分の一を殺す権力を授けられたり。 (Hadēs )
私は見た。見よ。青ざめた馬であった。これに乗っている者の名は死といい、そのあとにはハデスがつき従った。彼らに地上の四分の一を剣とききんと死病と地上の獣によって殺す権威が与えられた。 (Hadēs )
言ひけるは、アメン、祝福と光榮と、叡智と感謝と、尊貴と能力と、世々に限なく我神に歸す、アメン、と。 (aiōn )
言った。 「アーメン。賛美と栄光と知恵と感謝と誉れと力と勢いが、永遠に私たちの神にあるように。アーメン。」 (aiōn )
第五の天使喇叭を吹きしに、我一の星の天より地に落ちたるを見たり。然て彼は底なき淵の穴の鍵を授けられ、 (Abyssos )
第五の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、私は一つの星が天から地上に落ちるのを見た。その星には底知れぬ穴を開くかぎが与えられた。 (Abyssos )
淵の穴を開きしかば、大いなる炉の烟の如き烟穴より立昇りて、日も空も穴の烟の為に暗まされたり。 (Abyssos )
その星が、底知れぬ穴を開くと、穴から大きな炉の煙のような煙が立ち上り、太陽も空も、この穴の煙によって暗くなった。 (Abyssos )
此蝗を司る王は底なき淵の使にして、名はヘブレオ語にてアバッドン、ギリシア語にてアポルリオンと云ひ、ラテン語[の意味]は破壊者なり。 (Abyssos )
彼らは、底知れぬ所の御使いを王にいただいている。彼の名はヘブル語でアバドンといい、ギリシヤ語でアポリュオンという。 (Abyssos )
世々に限なく活き給ひ、天と之に有らゆるものと、地と之に有らゆるものと、海と之に有らゆるものとを造り給ひしものを指して誓ひ言ひけるは、最早時あらざるべし、 (aiōn )
永遠に生き、天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを創造された方をさして、誓った。「もはや時が延ばされることはない。 (aiōn )
彼等其證明を終へたらん後は、底なき淵より上る獣ありて彼等と戰を為し、勝ちて之を殺すべく、 (Abyssos )
そして彼らがあかしを終えると、底知れぬ所から上って来る獣が、彼らと戦って勝ち、彼らを殺す。 (Abyssos )
第四款 第七の喇叭神の國を報ず 第七の天使喇叭を吹きしかば、天に大いなる聲響きて言ひけるは、此世の國は我主と其キリストとのものと成りたれば、世々に限なく統治し給ふべし、アメン、と。 (aiōn )
第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声々が起こって言った。 「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」 (aiōn )
第五款 三の天使神の宣告を傳ふ 又見たるに、別に天の中央を飛べる一の天使あり、地上に住める人と、諸國、諸族、諸語、諸民とに福音を告げん為に、永遠の福音を携へ、 (aiōnios )
また私は、もうひとりの御使いが中天を飛ぶのを見た。彼は、地上に住む人々、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音を携えていた。 (aiōnios )
而して其刑罰の烟は世々に限なく立昇り、獣と其像とを拝せし人々と彼の名の印章を受けし者等とは、夜晝休息なかるべし。 (aiōn )
そして、彼らの苦しみの煙は、永遠にまでも立ち上る。獣とその像とを拝む者、まただれでも獣の名の刻印を受ける者は、昼も夜も休みを得ない。 (aiōn )
四の動物の一は、世々に限なく活き給ふ神の御怒の満てる七の金の器を、七の天使に與へしかば、 (aiōn )
また、四つの生き物の一つが、永遠に生きておられる神の御怒りの満ちた七つの金の鉢を、七人の御使いに渡した。 (aiōn )
汝の見し獣は曾て有りしも今在らず、後には底なき淵より上りて亡に至らん。地上に住みて世の開闢より以後生命の名簿に名を記されざる人々は、曾て有りしも今は在らずして後に顕るべき、彼獣を見て驚き怪しまん。 (Abyssos )
あなたの見た獣は、昔いたが、今はいません。しかし、やがて底知れぬ所から上って来ます。そして彼は、ついには滅びます。地上に住む者たちで、世の初めからいのちの書に名を書きしるされていない者は、その獣が、昔はいたが、今はおらず、やがて現われるのを見て驚きます。 (Abyssos )
又重ねて言ひけるは、アレルヤ、彼が烟立昇りて世々に限なし、と。 (aiōn )
彼らは再び言った。「ハレルヤ。彼女の煙は永遠に立ち上る。」 (aiōn )
獣は捕へられ、曾て其前に種々の徽を為し、之によりて獣の印章を受け、其像を拝みし人々を惑はしし僞預言者も亦共に捕へられ、兩ながら活きたる儘にて硫黄の燃ゆる火の池に投入れられたり。 (Limnē Pyr )
すると、獣は捕えられた。また、獣の前でしるしを行ない、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕えられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。 (Limnē Pyr )
又見たるに、一の天使底なき淵の鍵と大いなる鎖とを手に持ちて天より降り、 (Abyssos )
また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って来るのを見た。 (Abyssos )
底なき淵に投入れて之を閉籠め、封印を其上に為せり。是一千年の終るまで諸民を惑はさざらしめん為にして、其後は暫し解放たるべし、 (Abyssos )
底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。 (Abyssos )
而して彼等地の全面に上り、聖徒等の陣営と最愛の市街とを圍みしが、火天より降りて彼等を焼盡し、 (Limnē Pyr )
(parallel missing)
彼等を惑はしたる惡魔は火と硫黄との池に投入れられたり。是に於て彼獣と、僞預言者と、世々に限なく晝夜苦しめらるべし。 (aiōn )
そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。 (aiōn , Limnē Pyr )
斯て海は其中に在りし死者を出し、死も冥府も亦其中に在りし死者を出し、各其業に從ひて審判せられ、 (Hadēs )
海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。 (Hadēs )
死も冥府も火の池に投入れられしが、是第二の死にして、 (Hadēs , Limnē Pyr )
それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。 (Hadēs , Limnē Pyr )
生命の名簿に記されざりし人々も亦火の池に投入れられたり。 (Limnē Pyr )
いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。 (Limnē Pyr )
然れど凡て卑怯なるもの、不信仰なるもの、憎むべきもの、人を殺せるもの、私通を為せるもの、魔術を行ふもの、偶像を崇拝するもの、又総て僞を言ふ者は、火と硫黄との燃ゆる池に於て其報を受くべし、是第二の死なり、と。 (Limnē Pyr )
しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行なう者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である。」 (Limnē Pyr )
最早夜ある事なく、燈の光をも日の光をも要する事なかるべし、其は神にて在す主彼等を照し給へばなり。斯の如くにして彼等は世々に限なく王たるべし。 (aiōn )
もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、彼らにはともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは永遠に王である。 (aiōn )
即ちイエズスの御名に對しては、天上のもの、地上のもの、地獄のもの、悉く膝を屈むべく、 ()