< 民数記 2 >
2 「イスラエルの人々は、おのおのその部隊の旗のもとに、その父祖の家の旗印にしたがって宿営しなければならない。また会見の幕屋のまわりに、それに向かって宿営しなければならない。
以色列子民每人應隨自己的旗幟,在自己宗族的標誌下紮營,都向著會幕,在四周稍遠的地方紮營。
3 すなわち、日の出る方、東に宿営するものは、ユダの宿営の旗につく者であって、その部隊にしたがって宿営し、アミナダブの子ナションが、ユダの子たちのつかさとなるであろう。
在前面,即東方,是猶大軍團紮營的旗幟:猶大子孫的首領是阿米納達布的兒子納赫雄;
4 その部隊、すなわち、数えられた者は七万四千六百人である。
他的部隊登記的,是七萬四千六百。
5 そのかたわらに宿営する者はイッサカルの部族で、ツアルの子ネタニエルが、イッサカルの子たちのつかさとなるであろう。
在其傍紮營的是依撒加爾支派;依撒加爾子孫的首領是族阿爾的兒子乃塔乃耳;
6 その部隊、すなわち、数えられた者は五万四千四百人である。
他的部隊登記的,是五萬四千四百。
7 次はゼブルンの部族で、ヘロンの子エリアブが、ゼブルンの子たちのつかさとなるであろう。
隨後是則步隆支派;則步隆子孫的首領是赫隆的兒子厄里雅布;
8 その部隊、すなわち、数えられた者は五万七千四百人である。
他的部隊登記的,是五萬七千四百。
9 ユダの宿営の、その部隊にしたがって数えられた者は、合わせて十八万六千四百人である。これらの者は、まっ先に進まなければならない。
猶大軍團登記的,共計十八萬六千四百;他們應首先出發。
10 南の方では、ルベンの宿営の旗につく者が、その部隊にしたがっており、シデウルの子エリヅルが、ルベンの子たちのつかさとなるであろう。
南方是勒烏本軍團紮營的旗幟:勒烏本子孫的首領是舍德烏爾的兒子厄里族爾;
11 その部隊、すなわち、数えられた者は四万六千五百人である。
他的部隊登記的,是四萬六千五百。
12 そのかたわらに宿営する者はシメオンの部族で、ツリシャダイの子シルミエルが、シメオンの子たちのつかさとなるであろう。
在其傍紮營的,是西默盎支派;西默盎子孫的首領是族黎沙待的兒子舍路米耳;
13 その部隊、すなわち、数えられた者は五万九千三百人である。
他的部隊登記的,是五萬九千三百。
14 次はガドの部族で、デウエルの子エリアサフが、ガドの子たちのつかさとなるであろう。
隨後是加得支派;加得子孫的首領是勒烏本的兒子厄肋雅撒夫;
15 その部隊、すなわち、数えられた者は四万五千六百五十人である。
他的部隊登記的,是四萬五千六百五十。
16 ルベンの宿営の、その部隊にしたがって数えられた者は、合わせて十五万一千四百五十人である。これらの者は二番目に進まなければならない。
勒烏本軍團登記的,共計十五萬一千四百五十;他們其次出發。
17 その次に会見の幕屋を、レビびとの宿営とともに、もろもろの宿営の中央にして進まなければならない。彼らは宿営するのと同じように、おのおのその位置で、その旗にしたがって進まなければならない。
隨後,會幕與肋未營在各營中心啟程前行;各營怎樣紮營,就怎樣出發前行,各依自己的位置,各隨自己的旗幟。
18 西の方では、エフライムの宿営の旗につく者が、その部隊にしたがっており、アミホデの子エリシャマが、エフライムの子たちのつかさとなるであろう。
西方是厄弗辣因軍團紮營的旗幟:厄弗辣因子孫的首領是阿米胡得的兒子厄里沙瑪;
19 その部隊、すなわち、数えられた者は四万五百人である。
他的部隊登記的,是四萬五百。
20 そのかたわらにマナセの部族がおって、パダヅルの子ガマリエルが、マナセの子たちのつかさとなるであろう。
在其傍是默納協支派;默納協子孫的首領是培達族爾的兒子加默里耳;
21 その部隊、すなわち、数えられた者は三万二千二百人である。
他的部隊登記的,是三萬二千二百。
22 次にベニヤミンの部族がおって、ギデオニの子アビダンが、ベニヤミンの子たちのつかさとなるであろう。
隨後是本雅明支派;本雅明子孫的首領是基德敖尼的兒子阿彼丹;
23 その部隊、すなわち、数えられた者は三万五千四百人である。
他的部隊登記的,是三萬五千四百。
24 エフライムの宿営の、その部隊にしたがって数えられた者は、合わせて十万八千百人である。これらの者は三番目に進まなければならない。
厄弗辣因軍團登記的,共計十萬八千一百;他們作第三隊出發。
25 北の方では、ダンの宿営の旗につく者が、その部隊にしたがっており、アミシャダイの子アヒエゼルが、ダンの子たちのつかさとなるであろう。
北方是丹軍團紮營的旗幟:丹子孫的首領是阿米沙待的兒子阿希厄則爾;
26 その部隊、すなわち、数えられた者は六万二千七百人である。
他的部隊登記的,是六萬二千七百。
27 そのかたわらに宿営する者は、アセルの部族であって、オクランの子パギエルが、アセルの子たちのつかさとなるであろう。
在其傍紮營的是阿協爾支派;阿協爾子孫的首領是敖革蘭的兒子帕革厄耳;
28 その部隊、すなわち、数えられた者は四万一千五百人である。
他的部隊登記的,是四萬一千五百。
29 次にナフタリの部族がおって、エナンの子アヒラが、ナフタリの子たちのつかさとなるであろう。
隨後是納斐塔里支派;納斐榙里子孫的首領是厄南的兒子阿希辣;
30 その部隊、すなわち、数えられた者は五万三千四百人である。
他的部隊登記的,是五萬三千四百。
31 ダンの宿営の、数えられた者は合わせて十五万七千六百人である。これらの者はその旗にしたがって、最後に進まなければならない」。
丹軍團登記的,共計十五萬七千六百;他們隨著自己的旗幟,最後出發。」
32 これがイスラエルの人々の、その父祖の家にしたがって数えられた人々である。もろもろの宿営の、その部隊にしたがって数えられた者は合わせて六十万三千五百五十人であった。
這就是以色列子民依照家系登記的數目;各營的部隊登記的總數,共六十萬三千五百五十。
33 しかし、レビびとはイスラエルの人々のうちに数えられなかった。主がモーセに命じられたとおりである。
照上主對梅瑟所吩咐的,肋未人沒有在以色列子民中登記。
34 イスラエルの人々は、すべて主がモーセに命じられたとおりに行い、その旗にしたがって宿営し、おのおのその氏族に従い、その父祖の家に従って進んだ。
以色列子民全照上主吩咐梅瑟的做了,都隨著自己的旗幟紮營,各隨宗族和家系出發進行。